南条の歴史・郷土

南越前町・南条地区の歴史や郷土芸能などを紹介します。

妙泰寺

  • 『妙泰寺 七福神』公式サイト
  •  地域の大切な伝統行事を守るべく、情報発信していきたいとこの度『妙泰寺 七福神』のサイトを作りました。




    永仁二年(一二九四)日像菩薩開山。

    日蓮の遺命により布教のため京都へ上る途中、この地に足を止めた日像が、「この山身廷山に相似たり、他日法華興隆の地とならん。」と健立された寺である。

    以来七百年北国身廷と称し、門流四ヶ聖跡の霊地として栄えてきた。 福井藩主結城秀康や松岡藩主松平昌勝も深く帰依し神田などを寄進している。 幕末の歌人橘曙覧も、少年時代にこの寺で修行している。

    七福神祭りは全国でも珍しい奇祭である。

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    杣山城史跡

    鎌倉時代に於ては七条院領杣山庄として聞え、吉野朝に於ては南軍の一根拠地として北国に雄視せしことは能く人の知るところなり。

    殊に山勢頗る雄抜磊々たる岩石聳立し、林樹うっ蒼として日野川に臨み、北国街道をてつ製せるのが状、誠に史上の名城たる背かざるの感あり。

    杣山は固より延元元年(1336)より同3年に亘り、瓜生氏の居城として新田義貞をここに迎えて能く足利高経の軍と戦いし遺蹟として知られ、戦いのさまは「太平記」により窺い得るべきものなり。

    後、杣山には足利高経在城せしことあり。 次いで斯波氏の家老増沢甲斐守ここに居城せし朝倉敏景と反目し、日野川の河原で決戦して敗れ、城陥れり。 後、朝倉の臣河合宗清之に居り、大正2年(1576)には一揆衆も亦杣山に拠りしあり。 されど瓜生氏以後戦蹟として著しく知られることなし。

    - 「杣山城と瓜生保」より抜萃 -

    本丸櫓跡(標高492m)


    山頂の櫓跡から宅良、今庄、湯尾、鯖波、脇本、今宿など一目瞭然である。

    登頂者は発掘整備された本丸周辺三方の堀切もぜひ確かめてほしい。


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    鵜甘神社

    山王山の中腹にある杣山式内総社鵜甘宮は、新田義貞が戦勝祈願のため参拝して神領や神輿を寄進。

    飛鳥時代白鳳二年(651年)三月創建の古社である。

    県の重要文化財にも指定されている社宝の王の面は県内でも最古の正安4年(1302)の貴重な作品です。

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    妙見山歓喜寺

    DSCF0450-2.jpg妙見山歓喜寺縁起。総本山は日蓮宗身廷山久遠寺。

    昭和初期、当町沢崎彌三郎恩師(廣導院殿)の絶対なる釈尊の真理、法華経による神通力に、県 内外より信徒雲集。更に小川辰治恩師(廣宣院殿)が開山。

    御教化は、心の教えで、人の罪の重さで諭し沢山の信徒は罪を消滅する為参篭。
    この教えで救われた多くの信徒の集結が今日の当山の姿。

    昭和15年大伽藍が完成。 昭和20年豪雪被害で一部倒壊し妙見堂を残して焼失。昭和56年再建復興。

    信仰道場・社員研修・各種行事に幅広く活用中。

    憶念寺

    杣山城主瓜生保の菩掟寺として、円通寺という寺があり、その住職は楠恵秀という人で、楠正成の弟の一人だと言われている。

    その弟子の秀見がその居宅を寺とし、金剛山万松寺と称した。その後1505年真宗に転帰し、金剛山憶念寺と号する。

    本尊は薬師如来及び如意観音(慈覚大師作という)、別に不動尊一体がある。

    天保年間から昭和の初期まで三代にわたり、浄土真宗の碩学を出していることで、この寺は著名であり、特に三代目住職南条文雄は、世界的な仏教学者であった。

    なお、境内にある「けやき」は高さ30m、周囲4.07mで樹齢270~300年と言われる。

    熊野神社(初音宮)

    DSCF0456.JPG

    昔継体天皇が当国においでの時、熊野の神を信仰され、勧請の地を求めて愛鳥の「鴬(うぐいす)」を放ったところ、この山蔭で初音を鳴かせたので、ここを宮所と定め「初音宮」と称し、この地を「鴬の関」と名付けられたと言われています。

    朝倉時代には、神社前の馬場において「流鏑馬(やぶさめ)」が行われていたと言う記録もあります。 江戸時代までは、脇本の庄六ヶ村共通の尊崇社でした。

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    王の面


    鵜甘神社に古くから伝えられる面で県指定文化財。

    良質の檜材を用いて彫成され、寸法は面長24.5センチ、面幅18.5センチ、鼻の高さ17.5センチ。

    のびのびと屈託のない表情で、大からか気品が感じられます。

    役の行者


    南条町上牧谷の金毘羅堂に安置されている日野山信仰と関わりの深い像。

    役の行者は「役の小角(おづぬ)」といい、大和の国に生まれ、三宝を信奉し、最後は仙人になり昇天したと言い伝えられています。

    竜神太鼓


    般若の面をかぶり、荒々しく打ち鳴らす姿は、勇壮そのもの。

    村を守り続けた、「蛇ヶ谷」という沼に住む大蛇を竜神としてあがめたことらか始まったとされています。


    羽根曽踊り(栄泉寺境内)


    この踊りの名前の「羽根曽」とはススキのことと言われており、踊る姿はススキが秋風に吹かれて揺れている様子を表現したものです。

    旧盆になると寺の境内は大小様々なたくさんのススキが乱舞します。

    南条ヤッシャカ音頭


    昭和59年5月20日、南条町3村合併30周年記念として作られた南条ヤッシャカ音頭。

    南条町の名所・旧跡やまつりなどを紹介した軽いテンポの曲で、誰もが簡単に踊れる親しみやすい曲です。

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